本文へスキップ
AIコミュニケーション

チャットボットはなぜ「すみません」と言うのか

Response Calibration 編集部 · 約4分 ·

要点

  • 対話システムの「すみません」は、単なる定型句ではなく、関係を修復する機能を担っている。
  • 言語学の丁寧さ理論は、謝罪が相手の「面子」への配慮として働くことを説明する。
  • だが、謝罪が頻発したり、中身を伴わなかったりすると、かえって信頼を損なう。
  • もっとも、謝らなさすぎる設計も、利用者の不満を放置する点で問題を抱える。

——「予約を変更したいのですが」
——「申し訳ございません、その操作はこちらでは承れません」。
このやり取りで、システムはなぜ「申し訳ございません」と言うのだろう。操作できないのは事実だが、謝る必然性は論理的にはない。それでも多くの設計者は、ここに謝罪を置く。本稿では、この一見ささいな言葉が、関係の中で何をしているのかを掘り下げる。

謝罪は面子への配慮である

言語学者ブラウンとレヴィンソンは、1987年の著作で「丁寧さ」を体系的に論じた。鍵となるのは「面子(フェイス)」という概念だ。人は、自分の要求が尊重されたいという欲求と、立ち入られたくないという欲求の両方を持つ。相手の要求を断る行為は、前者の面子を脅かす。謝罪は、その脅かしを和らげる緩衝材として働く。「できません」という事実は変わらないが、「申し訳ございませんが、できません」は、断りに伴う面子への打撃を小さくする。

対話システムがユーザーの要求を満たせないとき、起きているのは情報の不足だけではない。要求を退けられた利用者の、軽い面子の傷つきがある。謝罪は、その傷つきへの応急処置だと言える。

謝りすぎると、なぜ逆効果か

では謝罪を増やせば関係は良くなるのか。——「すみません、聞き取れませんでした」「すみません、もう一度お願いします」「すみません……」。こう連発されると、利用者の苛立ちはむしろ募る。理由の一つは、謝罪のインフレだ。同じ言葉が繰り返されると、配慮の重みは薄れ、定型の空回りに聞こえる。会話設計のグライスの枠組みでいえば、必要以上の謝罪は「量」の公準を破り、本筋の解決を遠ざける。

もう一つの理由は、中身を伴わない謝罪への不信である。謝るだけで状況が改善しなければ、利用者は「謝るくらいなら直してほしい」と感じる。謝罪は、それが具体的な次の一手——代替案や引き継ぎ——を伴って初めて、修復として機能する。言葉だけの謝罪は、応答のトーンでいう表層の人間らしさと同じ空虚さに陥る。

謝らなさすぎる設計の冷たさ

一方で、謝罪を一切排した設計も問題を抱える。要求を満たせない事実だけを淡々と返すと、利用者は突き放されたと感じる。「その操作はできません」とだけ告げる応答は、効率的ではあるが、断りに伴う面子の傷つきを放置している。とりわけ、利用者が困っている場面では、配慮の言葉の有無が体験を大きく分ける。

もっとも、適切な謝罪の量や場面は、サービスの性格や利用者の状況によって変わる。緊急の手続きでは簡潔さが優先され、込み入った相談では丁寧さが求められる。一律の正解はない。

言葉が関係を運んでいる

「すみません」という三文字は、情報量としてはほぼ無に等しい。だが関係の水準では、断りの衝撃を和らげ、修復の意思を示すという確かな仕事をしている。対話システムの応答を設計するとは、情報の正しさだけでなく、こうした関係的な機能まで含めて言葉を選ぶことだ。裏を返せば、謝罪をどこに置き、どこに置かないかという判断は、システムが利用者との関係をどう捉えているかの表れでもある。

出典・参考

  • Penelope Brown & Stephen C. Levinson『Politeness: Some Universals in Language Usage』(1987)
  • サービス場面における謝罪と信頼修復に関する一般的な対人コミュニケーション研究

関連するガイドと選択肢を、まとめて確認できます。

選択肢を見る

ニュースレター

最新の記事と論点を、まとめて受け取る。

✓ 登録ありがとうございます。確認メールをお送りします。